2017年5月20日土曜日

フェーン現象

今日はフェーン現象で真夏日、帯広は30度越え。
昨日もです。
今月頭には雪が降ったというのに…
つい先日も寒くて昼間もストーブ炊く日があったんだけど。
日々、着る物に悩まされます。
今日は窓はどこも全開、布団も干して、あつあつ

確かに高知にいた頃、今日の最高気温は帯広だって、
って日が今時分あったなあ。
体はついていけるだろうか。

ただ湿気は少ないので、サッカーから日に焼けてかえってきた次男は、
「高知でこの気温より涼しい。これより低くても暑かった」と。
 
畑はからからだけど、先日植えた種からは芽が出て来ました。
さあ、これから草と悪戦苦闘だ。
高知ほど虫はいないことが救い。

2017年5月2日火曜日

サイタサイタサクラガサイタ

昨日は、うちの前の梅ノ木が開花、帯広は桜の開花宣言!
まさに春到来。
こぶしも桜も梅も競って咲き出しました。
本州から一ヶ月遅れの春。
洗濯物も外に干せるし、何と言っても布団が干せる喜び。

うちの周りの庭や空き地には、
ふきのとう、カンゾウ、にら、少しの行者ニンニク、たくさんのつくしが生え、
チューリップ、ムスカリ、クロッカス、二輪草、
もちろんたくさんのたんぽぽが咲いています。
半年前に引っ越したときには庭には草も枯れていて、
すぐに雪に覆われてしまいました。
雪がとけ、暖かくなり、庭の様子が見えてきたところです。
短い春と夏が始まりました。

ちょっと走ると、農村部ですが、
そちらでは畑が稼動しています。
雪解けと共に秋撒き小麦が姿を現し、
今はビート(砂糖大根)の定植に忙しそうです。
大きなトラクターが畑に繰り出し、
広大な畑に人がちらちらと見えています。

北の大地では春の到来は遅く、冬は早く始まります。
私が引っ越して半年、ほとんど冬でしたからね。
この短い期間に生命力がほとばしります。
こんなにめりはりのある暮らしも楽しいものです。

2017年4月27日木曜日

春、春、春

十勝にも春が来てます。 
ザゼンソウ、福寿草、そしてコブシも咲き出しました。
4月になって雪が何回か降っちゃったけど、
梅も桜もまだ咲いてないけれど、
いっぺんに春はやってきます。
だからレンギョウも咲き出してました。
桜は札幌では開花しだしたようです。
桜前線は東北から海を渡るのに1週間かかるそうです。
庭の梅もたくさんつぼみをつけています。
連休はどっと花盛りですよ。

先日、くもっちゃったけど、
アイヌねぎ(行者ニンニク)を採りに出かけました。
夜はアイヌねぎ祭りでした。
春です。
路地の野菜なんて、まだ種も植えられないけど、
スーパーにはハウスものの地元葉野菜が並びだし、
山菜の宝庫だから、
今は浅葱とか行者ニンニク、
もうすぐたらの芽にコゴミ、イタドリ…
忙しくなりますよお。

2017年4月15日土曜日

4月始まり 長男編

先日は22度まで上がり、翌日は春一番のような大風が吹き、
そのまた翌日はは8度までしか上がらないという、
夜になって雨が降り出したかと思うと、朝起きると雪景色、
ま、これも春らしいのでしょう。

さて、長男は2年前に大学進学とともに、家を出て一人暮らしを始め、
そしてこの春、大学を休学しオーストラリアへ1年間のワーキングホリデーへ旅立ちました。

外国へ行きたいとは前から言ってましたが、
中学生の時、交換留学で行ったオーストラリアへ
まずは行く事にしたようです。
うちでは大学進学と共に生活費は支給してません。
学費だけは出そうということで、他は奨学金とバイトでどうにかやりくりしていました。
その割りに電化製品、服に車、スノボまで、
私にしてみれば目標があるのなら切り詰める余地はたくさんあると思うのだけど…
欲というものは若さの証拠かもしれません。
パスポート取得、ビザ申請、引越し(引き払い)費用、
もちろん渡航費用、もろもろ…
旅立つときは車を買ってもらった現金握り締め状態。
とりあえず、向こうでのしばらくのホームステイ先や仕事の手配までは、
自分で段取りできたということで、及第点でしょう。

渡航の前に生活を整理した彼は北海道へ荷物を預けにやってきました。
半月ほどの久しぶりの賑やかな我が家でした。
男の子ですもの一人暮らし始めてから、連絡は必要最低限でした。
久しぶりに長男と暮らしてみて、ゆっくりとたくさん話す時間が持てました。
バイト先で学んだ働くことへの考えや周りの人との関わり、
大学の課題で知り合った職人さん、
漠然とでも将来のビジョンを持っていることも、
かわいい彼女がいることも…
その彼女も一緒に行く事になったいきさつも。
こんな風に彼と暮らすことはもうないかもしれないなあ、なんて感じたりもしました。

できれば卒業してから行ってほしかったけど、思い立ったが吉日だろうということで。
一緒に暮らしていると、うるさい母ちゃんになってしまうから、
離れているほうが息子を冷静に見られる気がします。
高校生の頃はもう思春期真っ只中で、
こちらもいらいらすることが多かったけれど、
だいぶ大人になった彼に、母ちゃんは嬉しくなりました。
夫以外の大人同士だけど家族って感じ?
やっぱり親にとって、子どもはいつまでも子どもなのかもしれないけれど、
大人として彼を相手にすることができる幸せ。
オーストラリアで色んな経験を積んで、
また大きくなった彼に会うのが、今から楽しみです。
がむしゃらに頑張れ!

2017年4月5日水曜日

4月始まり 長女編

















一ヶ月ぶりの投稿です。

とうとう4月になりました。
十勝も春です。
最低気温もマイナスになることが少なくなり、
ここ何日かはプラス2桁!
プラスになった時点で、春が来たなあって思っていたから、
梅もこぶしも桜もまだだけど、春本番って感じです。
ふきのとうも食べたし、新芽も草も芽吹いてきたし、
何と言っても窓を開けられるようになり、洗濯物を外に出す気分になったし。
きっとまた寒さが来る日もあるでしょうが、今週は5月の陽気になるみたいで、
冬が好きな私も春の開放感を嬉しく感じています。

そして我が家はこの春新しい門出が続出です。
長女は3年間の岡山での生活、仕事に区切りをつけ、大阪で新生活を始めました。
長男は大学を休学して、オーストラリアにワーキングホリデーに旅立ちました。
3月に2人とも十勝にやってきて、久しぶりに家族5人が集まりました。
一年ぶりです。
新たな生活を始める2人とゆっくりと食べたり出かけたり話したりできました。
昨年は移動の多い年でした。
落ち着かない気分で過ごすことが多かったです。
しかし、4月、それぞれが新たな春を新たな気分で始められている気がします。
この陽気も加勢してうきうきです。

長女は岡山で社会福祉の仕事を3年間続けました。
夜勤もある不規則なシフトで、体力も精神力もいる大変な仕事だったと思います。
実家を出ての生活、いろいろと不規則になり、ストレスもありアトピーは悪化しています。
いいことも悪いこともあっただろうし、新しい気づきもあったようです。
同級生が大学卒業を迎える春、大学に行けなかったことを今更ながらに悲しんでいたようです。
でも自分でやってきたではないか。
同じように4年間きちんと時間は過ぎて、その分立派に働き、経験を積んできた。
決して無駄ではない4年間。
大学で学びたいことがあるなら今からだって行けばいい。
話していると、自分に自信がなく、若いのにあきらめに似た感情が大きく、
何となく将来に期待していないところがある長女。
世代的にもそういう傾向にあるのかもしれない。いわゆる「ゆとり世代」

私が若くなくなったから若い人を見てそう思うのかもしれないけれど、
若いんだもの、大きくなくても漠然とでもいいから将来に希望を持って、
何かにうきうきとして楽しく暮らしてほしいものです。
自信過剰はどうかと思うけれど、それだって若さの特権かもしれない。
今のところ何の枷もない身軽な身の上、うらやましい限りなのよ。
今まで積み上げてきた経験は自信を持って、次の好奇心を発露してほしい。
やりたいことなんてそんなに簡単に見つからないもの、ま、何でもやってみるといい。
趣味が違いすぎて、私の元でどうしてこんな娘が育ったのか不思議なところですが、
ま、どこに出しても恥ずかしくありませんよ、母は。

大阪では雑貨屋さんでバイトが決まったようで、
自分の将来をいろいろと模索しながら
彼氏と新婚のような同居生活を始めています。

2017年3月4日土曜日

まだ見ぬ鳥の気配


二月が終ってしまいました。早い。

最近雪が降っても、すぐに溶けるのですが、
家の前を雪かきしました。
すると玄関のすぐ前に、鳥の足跡…かわいい。

うちの庭には鳥がやってきます。
どうにかわかっているのは、
シジュウカラ、ヒヨドリ、アカゲラ、ツグミ、カラス…
わかるようになると嬉しい。

近所にシマフクロウが棲んでいると言われている巨木のうろがあります。
たまにそこをのぞこうと思っています。
いつの日か出会うことができるでしょうか。
野生のふくろうはまだ出会ったことがありません。

近くの帯広神社に早朝行ったら、
エゾリスが何匹もちょろちょろしてます。
人に慣れているようで、警戒もせず近くまで来てかわいいです。

北海道でも春の気配はちゃんとあります。
気温はプラスまで上がる日が多くなり、
マイナスも二桁になる日は減りました。
昼間、雪は徐々にとけていき、
庭の梅の木にはきちんと新芽が出ています。
日は長くなり、日差しは優しく、
きっと雪の下では春の準備が着々と進んでいることでしょう。
山菜採りが楽しみ。

2017年2月18日土曜日

年を取ったと感じること

日常に年を取ったなと感じることは多々あります、が、
最近、ふと感じたこと。

息子がちょくちょくこの世の終わりのごとくうなだれます。
ま、その原因は年頃ですもの、母になんて言いません。
でも、少しの言葉を拾ってみると、大まかに感じることはできます。
たいていは人間関係。
そして、私にとって見れば棒にも箸にもかかりませんが、
でもでも彼にとっては一大事なんでしょう。
そこで、若いなあ、って感じる。
まだたいした苦労なんてしたことないから、それは大変な事態。
人目が気になる、どう思われているんだろう、嫌われてはいないか、
恥ずかしい、一言に傷つき傷つけ、なんてことは、おばさんは大らかになります。
きっと若い頃、私もそうだったのかも。
あ、私は年取ったから、そんなこと気にならないんだ…
年を取るとその点、生きやすい。

身体のこと、一番年を感じるところです。
もちろん、書類は離すようになりました。
去年からいくつか体の不調を感じて、ネットで調べてみると、
ことごとく原因の一つに「加齢」があります。
笑っちゃいますよ。
どこかに違和感を感じると、なんだかそれは重大な病気のサインではないかと不安の種になる。
若い頃だったら気にもならなかった変化だったりするんでしょうが。
その点、年を取ると生きにくい?
いくつかの不調は仕方のないこととして、
できるだけ体力は維持したいものです。

どうあれ皆等しく残りの時間は刻々と減っているわけで、
若い頃はその時間は膨大に思えて気にもならないんだろうけれど、
年を取っていくと、その時間は限られていることに実感が湧いてしまいます。
いや、だからって悲観しているわけではなく、
限られた時間を楽しく過ごしたいとは思ってしまいます。

若い息子を見ると、
そんなことでうじうじしてないで、その時間で楽しいことしたらいいのに、
その若さはもどってこない、時間がもったいない、
なんて感じてしまう、それが年を取ったということかしら。
そんなことに悩んでしまい無駄と思える時間を使うこと、
それが若いということですな。