2012年10月3日水曜日

ハエと蚊

高知の田舎暮らしの夏は蚊との戦いです。
夏に向かう時、蚊が出だして、「夏だなあ」と感じ、
それに敏感に反応して、蚊取り線香を探し、
逃がしてなるものかと、最後まで探し、
食われた1箇所2箇所がかゆくてたまりません。
しかし、どんどん増えて、蚊取り線香は日常化し、
「かまれすぎて免疫ができた」と子供が言うほど、
少しおおらかに対応するようになります。
まあ尋常じゃないくらいいますから。
「たった○分で○箇所食われた」と自慢までします。
なぜか、そんなにかゆくない。
それが、最近、夏の終わり、しつこく蚊がいます。
生き残りをかけてか、知らない間に食われ、かゆいんです。
畑で水遣りをしている時、庭の草むしりをしている時、
たったの数分間でも油断できないんです。
いなさそうで何匹もいて、何箇所もかまれ、そしてかゆい。

北海道にいる頃、そこではハエとの戦いでした。
雪が融け、あちこちで耕運機が動き出す頃、
ハエが発生しだします。
そう、堆肥をあの広大な畑に撒くと、匂いとともにハエが発生しだします。
隣の家も見えない、周りは広大な畑ばかりですから…
数え切れないくらいのハエ…
白いものが黒く見えるくらいたかることもあります。
寒いところですから暖かいところによく止まります。
天井とかに黒い筋のようなハエの排泄物でしみができます。
でもそのうち慣れてくるんです、大量のハエがいることに。
マヒするっていうか、あきらめがつくっていうか。
しかし、また季節は廻り、秋が近づくと、ハエは減ってきます。
実はこの頃が一番気になる時。
少なくなると気になるんです。
寒くなりだしているから、人の背中とか、コーヒーカップとか、パソコンとかに止まる。
(そうそう、北海道にいたのは10年以上前、その頃エアーマックが出ていた頃、
スケルトンの中に入り込んだハエが見えていました。
まあ生きていても殺せず、死んでいても取り出せず、スケルトンはきれいでも…
ハエが…って感じでしたね。)
そしてそれが大量だった時より1,2匹の方が、いらいらするんです。
「あーうるさいっ」って叫びたくなる。
まあ動きも鈍くなっているから手でも叩けたりするんですけど。
あ、手でも叩けるくらい身近ってことで…

外で紫蘇の実を採っていて、北海道のハエを思い出していました。
蚊もハエもたいした害もないのですが、近くにいるとうっとうしい。
蚊もかゆくならなけりゃ、別に血くらい分けてあげるのに…

田舎にいるとたくさんの生き物と出会えていいですよ。


2012年10月1日月曜日

オーガニック・マーケット応援団ツアー

今度の体育の日、10月8日、オーガニック・マーケット応援団ツアーがあります。
今回は高知から西方面へいらっしゃることとなり、我が家もコースに入りました。
同じ中土佐町の矢井賀の『天の川工房』さんの工房見学のあと、我が家へ。
ポラリティーセラピー『ハノネヤ』さんのボディーワークもあります。
天の川工房さんもハノネヤさんも紬市へも参加してもらっています。

さて、我が家では昼食を召し上がっていただきますが、
夫と私とでカレーを作ります。
20人弱の食事を作るわけですが、そうなるとカレーですよね。
夫がたまに作ってくれるカレーは、インド風タイカレーみたいな、
チキンをヨーグルトに漬け込んだりして、それなりに手間をかけたおいしいカレー。
子供達も大好きです。
私はだいたいえびを使ったタイカレーみたいな感じ。
これは次男があまり好きではありません。
作っていると、「ぬ、今日はカレーだな?タイカレー?」とちょっと嫌そうに聞きます。
ルーのカレーの方が好きです。
でもルーがなくても簡単に作れる私のカレーは、
次男以外には喜ばれます。
あ、長男は「何杯も食べていい?」が気になるんですけど。

うちは古い農家を借りて住んでいます。
その暮らしぶりを見ていただくことになると思いますが、
私達にとっては普通の暮らし。
見ごたえがあまりないと思うんですけど、いいんでしょうかね。

気持ちの良い季節にはなりましたので、
できることならすっきり晴れをお願いします。

小夏の生姜入り酵素を仕込みました。
紫蘇の実の塩漬けも作りました。色々便利。

2012年9月25日火曜日

運動会終了

次男の小学校の運動会が終了しました。
この笹場地区の運動会でもあります。
去年も書きましたが、地区にとって年に一度の総出のイベントです。

小学生7名とは思えない大騒ぎの運動会。
たった7名の運動会なのに、賑やかです。
田舎ならではで、子供のいない世帯(今やその方が多い)でも、
どの子がどこの子か知っています。

子供ってすごいもので、たった7人なのに頑張るんです。
7人なのに、その上学年混じっているのに、勝っただ負けただ、真剣なんです。
7人でも紅白に分かれて、力を合わせて勝ちにいきます。
応援合戦なんか3人対4人。
寂しくなった感は拭えませんが、子供が頑張っているんですもの、
こちらだって応援しないと。

子供が少なくなった分、大人の競技、地区対抗の競技、中高生青年の競技が増えました。
大人も大忙し。
そして燃えています。
係りの仕事と出場と、宴会とに大忙し。
青年は前夜からおでんの仕込みで宴会。
その日は打ち上げで飲み会。
地区毎の宴会を楽しみに昼間も盛り上がります。

中高生(卒業生)もたくさん来てくれました。
競技もたくさん参加してくれました。
久しぶりに会った同級生と一日楽しく過ごす場所になると良いですよね。
普段なかなか見かけなくなった中高生を、
久しぶりに「大きくなったね」と確認できる場でもあります。
地区に見守られ大きくなった子供達、
代々知られている人たちに囲まれる安心できる地元で、
久しぶりにはしゃいで、小学生にとっては憧れのお年頃の先輩。
また来年も成長した姿を見せてほしいと願います。

うちの次男は6年生。
6年生は4人。
さて来年3人でどんな運動会になるのか?
笹場小学校始まって以来の少人数。
私は小学校は小さくても問題ないと思っています。
それどころか恵まれた環境だと思っています。
子供が少なくなった分、大人(地区)がさらに頑張って、小学校を支え、
盛り上げていかなくては、この地区はもっと寂れていくことでしょう。

地元の方の「小学校がこんなに小さくなって、仕方ないねえ」
「もう休校になるねえ」「学校も終わりやねえ」
と言う言葉を聞くと、悲しくなります。
地域で守ってきた小学校、頑張って残してきた小学校。
ほんとに休校で良いのか、休校は免れなくなったとしても、その先どういう方向があるのか。
ここ笹場にとって、小学校は地区の中心でありシンボルであると思うから、
どういう形でそれを守っていくのか、
今、地区は過渡期に立たされていると思います。

2012年9月19日水曜日

いじめについて考えたこと

最近、紙面によく登場する「いじめ問題」。
私はいじめが自殺にまで発展するのは、大人の問題なのだと思う。

いじめられる子はいじめられることで病んでいき、いじめる子はいじめる以前から病んでいる。
そしてそれに巻き込まれる子、それを見ている子も。

子供は経験も浅く成長過程であるから、もちろん未熟で、
思春期ともなると、心も体もバランス悪いことこの上ない。
当たり前のことだと思う。
たぶん今は大人も未熟でバランスが悪いのではないか。
その上、他人との関係も希薄になっているから、社会としてもバランスが悪い。

バランスが悪いんだから、ふざけたり、いじめたり、けんかしたり、
悪いことも少しはしてみて、どんどんエスカレートして、
どこまでが良くて、どこからが悪いのか、
いろんな意味で大人の判断を子供は観察しているんじゃないかな。
きちんとした判断で「それはしてはいけないことだ」と叱るのも大人の大事な役割。
どうしてしてはいけないのかも含めて。
それはその子を否定しているのではないんだから。
失敗は誰でもするんだから。
ただ、謝って済む範囲で終わるといいな。

昔からいじめはあった。
私達の頃は「積木くずし」の時代で、「非行」と言う言葉もその頃から出てきたのではないかな。
ただ「自殺」ということがどれほどあったのかは知らない。

とにかく子供の社会でいじめというのは、昔からあった。
そこに大人の出る幕がある時は、逃げずに関わらないといけないと思う。

たてまえやごまかし、その場しのぎや私利私欲、
そんなことばかりが横行している大人の社会にいる子供は病んでいくのは当たり前だと思う。
人のことを考えられない思いやりのない社会にいる子供たちに、
「人の気持ちを考えなさい。思いやりを持って」なんて大人が言っても、
伝わらないのは当たり前の話だ。口だけだ。

「本気の言葉を本気で聴く。それは当たり前のことです」
映画『青い鳥』の先生。
そうだな、相手の言葉を本気で聴く、本気で考える、本気で答える、
それは大切なことだ。
子供の言葉を本気で聴いて、本気で考えてくれる、そんな人が周りに一人でもいれば、
自殺まで追い込まれないのではないかな。
親だけでなく、先生でもいいし、友達でもいい、隣のおばちゃんでもいい。
誰か本気で聴いてくれて、傍にいてくれる人が一人でもいればいい。

いじめる子は人の気持ちがわからないのではないと思う。
人が嫌がることをわかっているから、いじめる方法を知っている。
どんなことをすれば嫌がるのか、どれだけ辛いかを知っている。
だからそれをしない、思いやる心をだれか教えてほしい。
きっと誰かに思いやられている、
大切にされている、
愛されている、
という無意識の安心感がないのだろう。
きっとかわいそうな子なんだ…
いじめている子も辛いだろうな。

いじめた子は確かに悪いことをしたかもしれない。
でもそれを「出席停止」といった「処分」では解決できない。
大人の方が短絡的で情けない話だ。

2012年9月17日月曜日

電気について考えたこと

電力会社は商売だから電気をふんだんに使ってほしい。
だから電気を使う商品を開発する。
本来電気でなくても良かったものまで電化製品にする。
電気を使わせて、ほら電気って便利でしょ、電気ないと暮らせないでしょ、と思わせる。
電気を使え使えとあおっておいて、危ない発電までしておいて、
事故になると、節電しろ、ほら電気ないと苦しいだろう、あなたたちが電気を作らせたと言う。
美味しい汁を吸ったのはごく一部の人たちじゃない?
そういうからくりかなあ。

まあ電気の便利さに甘んじてきたわけだから、電力会社だけを責めるわけにはいかないけれど、
危ない電気を使ってまで電気に頼らなくてもいいんじゃない。
電気を使わなくてもいいものもたくさんあると思うし、
消していい電気もたくさん使っていると思う。
電気代は自分で払っているし、お金はあるからいいでしょ、ってことではなくて、
使わなくてもいい電気は使わない、ってだけでもだいぶ節電できるんじゃないかな。
観てもいないテレビ、誰もいない部屋の電気、垂れ流し状態の電気はたくさんある。

すぐに原発ゼロでといかない理由はあるんだろうけど、
(納得はいかないけれど安全を確認したと言われる)安全な原発は再稼動して、
徐々に原発ゼロなんて中途半端なことはしない方がいいと思う。
大飯原発再稼動の時は、このまままた政府にごまかされて、
いつの間にか原発がたくさん動いていて、また福島の悲劇が起きるのではないかと恐怖を感じた。

節電の電化製品を開発することや、もっと小規模で発電できるシステムを開発したり、
大衆は電気がない時はない時なりの暮らしができる工夫をしたり、
そういうことに力を注いだ方が利口だと思うんだけど。
どんなものでもいつの時もある時はあるように暮らし、
ない時はないように暮らしてきたはずなんだけど。
電気もないと暮らせないと思わされているだけかも。

国家とは国民にいつの間にか、全ての価値をお金に換算し、お金のために働き、
たくさんお金を持っている人々が豊かで幸せな暮らしができるのだと思わせている。
そして、多くの人が最低必要以上のお金を手に入れたのに、
それでももっとお金を稼ぎたいと思っている。
明日食べる米がないほど困っている人はそんなにいないのに、
お金に困っていると思い、あくせく働かされている。
そしてお金を腐るほど持っているのに幸せではない人もたくさんいる。
幸せの指標なんて人それぞれだから、お金で幸せになれる人もいるかもしれない。
けれど私はお金があれば幸せなんて思わないし、思いたくない。
私達だって、お金がどうしても必要だし、お金で解決できることもあるけれど、
価値をお金で計るようなことはしたくない。
お金があればなんでもできる、なんて思っている人こそかわいそうだと思えてしまう。

本来、お金のために働くより、誰かのためとか世のために働く方が、
やる気も出て楽しくもあり、充実感もあるものだと思う。
それに付随して最低必要な暮らしが保障されていれば良いんだと思う。
公務員や政治家はその最たるものではないのか。

国民はこの国に生まれて良かったと思えるよう、
国家政府はもっと成熟した世の中を作っていけると良いのに。
人間なんて弱くて一人では生きていけないんだから、
国家に守られ、健やかであろうと病んでいようと、豊かな時も貧しき時も、
助け合って生きていけるような、本当の豊かさを湛えた国になるといいなあ。
(このフレーズは昨日『ツレがうつになりまして』を観ちゃった影響)
理想論だろうし、遠い道のりかもしれないけれど、一人からでも考えていないと、
始まらないことだと思うから。
まずは私達がその理想を掲げて、それに近い暮らしをしていくことから始めたいと思う。

話がそれてしまったなあ…

2012年9月16日日曜日

竹ドーム

毎朝、高校組2人を送り出した後、次男と散歩に行く。
彼岸花(まんじゅしゃげ)が咲きだした。
日の出も遅くなったし、日の入りも早くなった。
鈴虫も鳴き始め、風は心地よく、確実に秋を迎えている。
やはり毎日天気は移り気だけど…

先日、矢井賀で竹ドーム作りがあったので、見学してきた。
つくづく利用性が高いんだなあと実感。
竹の特性を生かしたものを作り考え続けている講師のたけやんが、試行錯誤した竹ドーム。
人数がいれば、比較的簡単に立ち上がった。
何だかみるみる形になって出現する空間に感動。
ま、たけやんがいるからでしょうが。
いろいろと使えそう、移動可能だし。

高知も竹の産地。
あちこちに竹ドームが出現するとおもしろいなあ。








2012年9月8日土曜日

紫蘇ジュースとめじか

すっかり紫蘇畑と化したうちの畑。
少し草むしりをしてすっきりしてきたけれど、見事に紫蘇畑。

今日は抜いた紫蘇で紫蘇ジュースを作りました。
きれいな色でおいしい。
夏中、紫蘇ジュースは作っているけれど、今作るのは、保存が利くやつ。
しばらくは紫蘇ジュースが楽しめます。
もっと抜かないと畑の準備ができないんだけど、
紫蘇の実のしょうゆ漬けを今年はたくさん作りたいなあと思っていて、
それでももっと抜いていいんだけど、抜けない…貧乏性。

そしてとうとうめじかのシーズンが到来。
今年はなかなか上がらなかったけれど、この2,3日ですごく安くなりました。
高い時は1匹500円以上するのに、今は50円。
嬉しいけれど、めじかの気持ちと漁師さんの気持ちを思うと…
しかし、おいしい。
この時期にここでしか食べられないめじか(宗田鰹)の新子の刺身。
となりのおばちゃんに酢みかんをもらってたっぷり絞って食べる。
満足です。

ここに住んでいることの醍醐味を感じます。